マルいず計画

パンがなければちくわを食べればいいじゃない

はるがきた

タイトルを【ご報告】にするか迷ったのですが……笑。

恋人ができたので現時点での覚え書きを残します。

 

バイのリスロマンティックでアセクシャルかデミセクシャルというのがこれまでの自認でした。

用語についてはこちらを参照のこと↓

セクシャリティAtoZ:あとりえ 85-n.

 

リスロマンティック(以下リスロマ)について

消えました。恋人と出会ってしばらくした頃にやった診断ではノンセク(=ロマンティックアセクシャル)の結果が出て、なんとなく両思い願望があるな、とも思いながら、ぼんやりとその文字を見ていました。

 

アセクシャルもしくはデミセクシャルについて

好きな人と付き合ったことがなかったので確かめるにも術がありませんでした。

今の解釈は「恋愛感情に性的欲求が関与しない」。ロマンティックとセクシャルが結びつかない、という概念が広まればいいのにな。

 

そもそもリスロマだったかどうか怪しい気もする

元彼はマッチングアプリで出会った人で、何度か会えばセオリー通りに付き合えたのですが、なんというか欲望が丸出しの人で……。

好きでもない人に向けられる欲なんて言ってしまえば痴漢と変わらないので気持ち悪くて、その辺も相まってリスロマかなと思っていました。好きじゃなかっただけでした()

 

恋人には私から告白して交際することになりました。

これは初めてのことで、告白された相手を好きになれないのがリスロマのひとつの根拠だったのですが、ある時、知人に「追いかけたい派なんだよね」と言われてセクマイ*1の枠の中に嵌めようとしすぎていたのかもしれないと思いました。不安でラベリングがしたい時期だったのかもしれないですね。考えてみれば好きな人にアプローチしたことってなかった*2ので。

 

なにもできていないと思っていたけれど

この1月で治療とカウンセリングを始めて3年になっていたというのが大きかったのではないかと思います。散々書いていますが概略→*3

抑うつに陥りやすいのが生育環境由来のインナーチャイルドやインナーマザーにあると気づき、

アルバイトを始めては対人関係に悩んで、

就活をしようとハローワークに行って腹痛になり……

それらを週に一度の通院でひとつひとつ解決し、通院以外でも向き合って対処をして、気圧や季節、バイオリズムによって起こる変調を投薬でコントロールして私の精神はこの1年ほど安定してきていました。

その結果としてリスロマというセクマイの概念を借りた対人関係の回避は私の中から消えました。

蛇足ですがここ半年近く、人間関係が広がって少し外向的になったのも同じだと思います。

 

最後の助けとなったのはスーザン・フォワードの毒親の棄て方: 娘のための自信回復マニュアルです。

何度も読んだ本でしたが、久しぶりに手に取って「愛されなかったからと言って愛せないわけではない(要約)」という一文を読んだ時に、ああならば愛してみたいな、と思って告白することを決めました。

 

今年の目標は恋人と自分を愛していくことです(もちろん来年以降も)。

親につけられた傷を少しずつ少しずつ消していつか綺麗になりたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:セクシャルマイノリティ

*2:親にさんざん拒否されていたから、好きな人に拒否される可能性があることなんてできないのは当然だった。

*3:私は父親に20年ほど虐待されていました。同時に、そして虐待が終わってからも母親から過干渉を受けていました。おおざっぱに言っても高校まではいじめられていたし、小学校高学年から離人感と希死念慮に苛まされて就活の自己分析を発端に抑うつが加速、正社員を1年やって最後は適応障害で辞めました。

2020年のやりたいことリスト【2020.2.20更新】

 

2月ですね!!!

 

この前お正月だったのになあ。早い。なんだかんだで忙しくはないのですが、考えることが多い日々なので明るいことを書こうと思います。晒せることだけ(今更感)。

 

  1. 誕生日にピアスを開ける(開いてないから)
  2. 髪を染める(染めたことない)
  3. 髪を染める前にロリィタをやる(黒髪の方が似合いそう)
  4. ショートにする(大人っぽくなりたい)
  5. 男装やる(やりたい)
  6. かっこよくなる
  7. コミケに行く(行きたい)
  8. メイクの研究をする
  9. 風邪ひかない(すべてのウイルスを跳ね除ける気概で)
  10. よく笑う

 

以上です!誕生日は6月なので、上半期、ちょっと頑張って動きたいな。

コミュ障という言葉の軽さ

 

最近、何人かの方と知り合うことがあって、ツイッターで話すだけでなくて通話をしたり会ってお話ししたり、している。

それで気づいたのだけど、私はもしかすると話すのがそこまで苦手ではないのかもしれない。

聞き取るのは苦手だ、APDがどんどん悪化しているし。でもリプライというよりはお喋りのようなやりとりやチャットをして時には通話や会話をして楽しいと思うし、終えて気が晴れていることも多くてとても嬉しい。

いつも輪に入れなかった。どんなコミュニティでもうっすら孤立してうまく喋れなくて変な顔をされてなにか喋ろうと思って言った言葉で空気を凍らせて黙った方が早いと思うようになっていた。空気が凍るのはわかるのに適切な発言ができないアスペとか最悪だと思っていた。それが楽しいと思える日が来るなんて、生きていた意味はあったんだなあと大袈裟でなく思う。

 

 

 

 

SSRIを服用して20年近くあった希死念慮が消えてから、死にたいと思えなくなって悩みの果てがなくなっていて、8ヶ月前の私は今にも死にそうですがだいたい就活のせいですね。

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